本記事の内容は2026年7月2日時点の情報です。情勢は日々変化しています。

米国とイランは6月17日、戦争の終結に向けた了解覚書(MOU、最終合意の前段階となる合意文書)に署名しました[3][4]。イラン側が公表した文書の表題は「イラン・イスラム共和国とアメリカ合衆国の間のイスラマバード了解覚書」です[2]

署名までの経緯

今年2月28日、米国とイスラエルはイランへの攻撃を開始しました[8]。イランは報復として、世界の石油輸送の要衝であるホルムズ海峡の通航を厳しく制限しました[8]。激しい戦闘は4月8日から一時的に止まりました[3]。4月にはパキスタンの首都イスラマバードで和平交渉が行われましたが、決裂しました[8]。これを受けて米国は4月13日、イランの港を対象とする海上封鎖を始めました[8]

その後も交渉は続き、6月17日に両大統領が覚書に電子署名しました[3][4]。トランプ大統領はパリ郊外のベルサイユ宮殿で署名し、「署名した。ベルサイユで署名した」と述べました[3]。イラン外務省のバガイ報道官は「両大統領の署名により本文が確定した」と発表しました[3]

署名済みの文書そのものは、どちらの政府も公式には公開していません[1]。イラン側は、ペゼシュキアン大統領が自国版の全文をSNSのXで公開しました[2]。米側は、政府高官が記者団との電話で14項目を読み上げる形で説明しました[1]

覚書14項目の全文

以下は、米政府高官が読み上げた14項目の全文を、アルジャジーラの採録から当サイトが翻訳したものです[1]。原文は口頭の読み上げを書き起こしたものであるため、一部に不明瞭な文言があり、文意を補って訳した箇所があります。

  1. アメリカ合衆国およびイラン・イスラム共和国と、現在の戦争における両国の同盟者は、本覚書への署名をもって、レバノンを含む全戦線での軍事作戦の即時かつ恒久的な終結を宣言する。両国は今後、互いに対するいかなる戦争または軍事作戦も開始せず、互いに対する武力による威嚇または武力の行使を控え、レバノンの領土保全と主権を確保することを約束する。最終合意は、レバノンを含む全戦線での戦争の恒久的終結と、本項のその他の規定を確認する。
  2. アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国は、互いの主権と領土保全を尊重し、互いの内政への干渉を控えることを約束する。
  3. アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国は、最大60日以内(相互の同意により延長可能)に最終合意を交渉し、達成することを約束する。
  4. 本覚書の署名後直ちに、アメリカ合衆国は、海上封鎖およびイラン・イスラム共和国に対するあらゆる妨害・障害の除去を開始し、30日以内に海上封鎖を完全に終了する。この期間中、船舶の通航量は、イラン・イスラム共和国が回復させる戦前の通航量に応じたものとする。アメリカ合衆国はさらに、最終合意の後30日以内に、イラン・イスラム共和国の近傍から軍を撤収させることを約束する。
  5. 本覚書の署名をもって、イラン・イスラム共和国は、ペルシャ湾からオマーン海へ、およびその逆方向の商船の安全な通航を、60日間に限り無料で確保するため、最善の努力による措置を講じる。商船の通航は直ちに開始される。技術的・軍事的障害の除去の必要性を踏まえ、イラン・イスラム共和国による機雷除去は30日以内に実施される。イラン・イスラム共和国は、適用される国際法とホルムズ海峡沿岸国の主権的権利に沿って、他のペルシャ湾岸諸国との協議のうえ、海峡の将来の管理と海事サービスを定めるため、オマーン国と対話を行う。
  6. アメリカ合衆国は、地域のパートナーとともに、イラン・イスラム共和国の復興と経済発展のため、少なくとも3000億ドルの確定的かつ相互に合意された計画を策定することを約束する。この計画の実施の仕組みは、60日以内に最終合意の一部として確定される。関連する金融取引に必要なすべての許可・適用除外・承認は、アメリカ合衆国が付与する。
  7. アメリカ合衆国は、国連安全保障理事会決議・IAEA理事会決議に基づくもの、および米国の一次・二次のすべての単独制裁を含む、イラン・イスラム共和国に対するあらゆる種類の制裁を、最終合意の一部として合意された日程で終了することを約束する。イラン・イスラム共和国とアメリカ合衆国は、上記の制裁問題の決定的な重要性を認識し、相互の合意を達成するため、交渉においてこれらの問題に直ちに取り組む意図を表明した。
  8. イラン・イスラム共和国は、核兵器を調達または開発しないことを再確認する。アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国は、備蓄された濃縮物質の処理を、第7項の日程に従い相互に合意される仕組みによって解決することで合意した。その最低限の方法は、IAEA(国際原子力機関)の監督下での現地における希釈とする。両当事者はまた、最終合意で合意される満足のいく枠組みに基づき、濃縮の問題と、イラン・イスラム共和国の核関連の必要性に関するその他の相互に合意された事項を協議することで合意した。最終合意は本項の規定を確認する。両国は上記の核問題の決定的な重要性を認識し、相互の合意を達成するため、交渉においてこれらの問題に直ちに取り組む意図を表明した。
  9. 最終合意までの間、アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国は、現状を維持することで合意する。イラン・イスラム共和国は核計画の現状を維持し、アメリカ合衆国は新たな制裁を課さず、地域に追加の軍を展開しない。
  10. アメリカ合衆国は、本覚書の署名後直ちに、制裁が終了するまでの間、米財務省が、イラン産原油・石油製品・派生品の輸出と、銀行取引・保険・輸送などすべての関連サービスに対する適用除外(ウェーバー)を発行することを約束する。
  11. アメリカ合衆国は、イラン・イスラム共和国の凍結された資金・資産を、完全に利用可能な状態にすることを約束する。本覚書の履行にあたり、両国は、これらの資金の解除に関する手続きについて交渉の中で相互に合意する。当該資金は、元の口座に保持されるか移転されるかを問わず、イラン・イスラム共和国中央銀行が指定する最終受益者への支払いに完全に使用できるものとする。アメリカ合衆国は、それに応じて必要なすべての許可と承認を発行することを約束する。
  12. アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国は、本覚書の履行の成功と、将来の最終合意の順守を監視するための執行の仕組みを設置することで合意する。
  13. 本覚書に署名した後、本覚書の第1項、第4項、第5項、第10項および第11項の実施の開始、ならびにこれらの措置の継続的な実施を条件として、アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国は、最終合意に関する交渉を、それ以外の項についてのみ開始する。
  14. 最終合意は、拘束力のある国連安全保障理事会決議により承認される。

第13項が、この覚書全体の構造を定めています[1]。停戦(第1項)、米国の封鎖解除(第4項)、イランによる通航確保(第5項)、原油輸出の適用除外(第10項)、凍結資産の解除(第11項)の実施が始まり、それが続いていることが、制裁解除や核問題など残りの項についての最終合意交渉を始める条件になっています[1]

両国の公表と説明はどう違うか

読み上げられた米側の全文は、イラン側が公表した本文と主要な点で一致しています[1][2]。一方、トルコの国営アナドル通信は、イラン国営IRNA通信が公表したイラン版と、米当局者が発表した「草案」を比較し、記述の違いを指摘していました[6]。草案段階では、レバノンの主権保証、制裁解除の位置づけ、凍結資産の使い道、核関連の技術的詳細などについて、イラン版の方が具体的だったとされます[6]。これらの要素は、6月17日に読み上げられた全文にはいずれも含まれています[1]

本文が固まった後も、両政府の「説明」には食い違いが残っています。第一に核の濃縮です。ホワイトハウスの声明は、イランは「ウラン濃縮はできない」と文書で約束したと強調します[5]。一方、読み上げられた本文にあるのは、最終合意までの現状維持(第9項)と、濃縮問題を今後の交渉で扱うこと(第8項)です[1]。バガイ報道官は「イランのミサイルは交渉の対象ではない」とも述べています[3]

第二に通航料です。本文の第5項が無料と定める通航は「60日間に限り」です[1]。イランの通信社ファルスは、署名直前に「海上サービス料」の徴収に関する条項が追加されたと報じました[7]。イランは海峡での「サービスへの料金」の徴収を計画していると報じられています[3]。米ホワイトハウスの報道官は「イランは国際水路である海峡に通航料を課すことはできない」と反論しました[13]

ホルムズ海峡のいま

覚書の署名後も、海峡の状況は安定していません。イランは6月20日、イスラエルによるレバノン攻撃を理由に、海峡を再び封鎖すると発表しました[9]。ドイツのピストリウス国防相は6月22日、封鎖の原因はトランプ氏にあると批判し、再開を求めました[9]。イランのガリバフ国会議長は6月23日、「海峡は戦前の状態には決して戻らない。国際法に準拠した形でイランが管理する」と述べました[10]

米国主導の合同海事情報センター(JMIC、多国籍の海上安全情報機関)は6月27日、海峡の脅威度を「中程度」から「相当」に引き上げました[11]。理由として、海峡付近での商船への攻撃、機雷の残存、掃海(機雷除去)作業の継続を挙げています[11]。同時に、オマーン寄りの南側航路を広げ、双方向の通航に対応させました[11]

7月1日時点の報道では、商船の通航は監視付きで続き、状況は緩やかに安定へ向かっています[13]。オマーンは、航行の安全確保などを担う戦後の枠組み案を米国側に示しています[13]。この案は「サービス料」の徴収を含み、米側は通航への課金と受け取られかねない仕組みに懸念を示しています[13]

船にかける戦争リスク保険(戦争地域を航行する船舶向けの保険)の料率は、ピーク時の5%から1〜3%に下がりました[12]。ただし、戦前の約0.25%には遠い水準です[12]。保険業界からは、通航量が戦前の水準に戻るには数カ月かかるとの見方が出ています[12]

分析

覚書は戦争を終わらせる「最終合意」ではなく、60日間の交渉の土台とみられます。第13項の構造上、停戦・封鎖解除・通航確保などの先行措置が守られなければ、制裁解除や核問題の交渉自体が始まらない設計です。両政府の説明の食い違い(核の濃縮、通航料)は、この60日間の交渉で対立しうる論点を映しているとみられます。

ホルムズ海峡の正常化には、機雷除去の完了と保険料率の低下という実務的な条件がそろう必要があります。保険業界が回復に数カ月を見込んでいることを踏まえると、覚書が想定する期間内の完全な正常化は容易ではないとみられます。